14 恩寵

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 こんな物を押し付けられても困るとばかりに顔を上げたが、先程まで目の前に居たはずの老紳士の姿はどこにもいない。 「え~ちょっとぉ…も~…落とし物は駅員さんに渡してくれよな…」  ブツクサそう言いながら、消えた老紳士の姿を求めて周囲をキョロキョロとしていた竹中は、思いの他軽いケースだなと感じた時に、老人の言っていた言葉が思い当たった。 「…高校生達って、浜路駅で下りた吹奏楽部の連中の事か?」  もしそうならば、中身は楽器という事になる。近くにベンチを見付けた竹中はケースをそこに置いて、ファスナーを開いて中を確認すると… 「フルートか…軽いはずだ」  予感的中、吹奏楽部の誰かの忘れ物だ。 「って、もうすぐ演奏会だろ?」  時間は12時20分過ぎ、演奏開始まで一時間とちょっと。落とし物として駅員に渡したとしても、演奏会までに持ち主に返るはずなどない。  つまり、彼が直接届ける方が早い。が… 「…届けるにしても、俺は会場がどこか聞かされてないぞ?」  先程述べた通り、吹奏楽部の人間でアドレス交換するほど仲のいい相手はいない。光画部一年の誰かが会場にいるはずだが、それが誰なのかも知らない。  光画部一年の内、彼がアドレス交換をしているのは佐倉だけ。モノは試しにと彼に連絡を取ってみると… ―今、寮で昼メシ食べてますけど?―  演奏会の話を訊いても知らないという返答、一年の誰かから聞いてないかと訊いてもやはり知らないという。  次に部長に連絡を取るが、電源が入っていなくて繋がらない。後で訊いてみると、この時彼女は映画館で映画を観ていたらしい。  ほぼ100%部員と連絡が繋がる切り札の部長ルートが使えないとなると、取り敢えず次の手が浮かばない。 「あ~面倒な事になってる~」  ケースを睨み付けながらそうぼやいても何も始まらない、会場になりそうな心当たりの場所を当たってみるしかない。  と、そこで彼が思い出して悩み始めたのは、カメラを持って行くかどうかだ。
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