14 恩寵

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「美橋君!」 「はい!」  掛け声と共に、フルートのケースを受け取った美橋は、控え室になっているであろう右の通路の奥へと急ぎ足で走り去っていった。 「竹中君、ありがとう。あの子からもお礼を言いに行かせるわ」 「…照れ臭いからいいですよ。それに、お礼なら落とし物を見付けてくれたお爺さんに言ってください」 「そう、わかった」  それだけを言い残し、篠原先生は美橋の後を追って通路の奥へと急ぎ足で去って行った。  取り敢えず第一の用件は済んだ。 「…先輩、ちょっと訊きたい事があるんですけど…」  一安心している竹中に、さっそく第二の用件がふりかかる。 「このカメラ、なんか正常に動かないんですけど…解ります?」  と言って彼女が見せてきたのは、ニコ○-1のボディに八雲レンズの組み合わせ。部室に置かれているカメラを持って来たようだが、最初に述べたようにかなりハードな組み合わせだ。 「…そうか、お前、自分のカメラは持ってないんだっけ」 「そうですよ」 「そのレンズ…戸部から何か説明はされなかったか?」 「暗い所でも使用できるけど、MFだから扱いが難しいって聞いてます」 「まぁ…間違ってはいないが…」  もうちょっと説明が足りない。  もしこんな事になっていると気付かずにノウノウとしていたら、どんな風聞が立っていただろかと彼は冷や汗をかいていた。 『今度から、もう少しちゃんと考えよう』  一先ずそれは置いといて、取り敢えず正常に動かない理由を簡単に説明し、レンズを外させて標準のズームレンズを装着させると、鞄の中から今日買ってきたアダプターを取りだして取り替える。  そして自分の愛機であるEM-○に八雲レンズを装着し、手ブレ補正の設定を変え、それを山之内に手渡した。 「え?わたし?」 「さっきも言っただろ?お前の友人がお前を頼って推してきたんだ。その期待に全力で応えてやれよ」 「いや、でも…」  尻込みする山之内の言葉を遮って、竹中は簡単に説明する。 「ピントは手前の目に合わせて、構図的には演奏者よりもやや楽器の方を中心に寄せて、音が広がるような印象の画を狙っていこうか」 「いきなり言われても…」 「俺はニコ○-1で撮ってるから、失敗してもなんとかなるって。気にせず何枚でも撮ってこい」  そう言って竹中は、彼女の背中を叩いた。
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