猫の仕事

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   廊下に出て左側に並ぶドアの手前が洗面所と教わって、紙袋を持って入る。  洗面台の鏡を覗き込むとまだほんのり顔が赤い。  小学生男子ルックの自分を見下ろし、笑ってしまった。  先生が笑ったのも無理ないか、などと考えながら着替える。  先生は、Vネックの黒のTシャツに少しダメージ加工された細身のブラックジーンズで、ゆるいおうちスタイルって感じだった。  Vネックはやばいと思う。  さっきヘッドロックされた時も、うっかり見上げたら鎖骨が目の前にあって焦った。  先生はどんなに私と密着しても、心臓がバクバク言う事も赤くなることも無いみたいで悔しい。  所詮猫だ、私は。  リビングに戻ると先生がソファに座って、入って来た私においでおいでをする。  まただ。  やめて欲しい。  心臓が持たない。  でも、リスクを考えると大人しく座るのが得策なんだと言い聞かせ、ソファに座る。    「話とスキンシップとどっちがいい?」    また、この先生は。  「お話で、お願いします。」  「話すのは、お前ね。」  「へ?」  「俺をネタにしたケータイ小説、URL 教えて?」  「本気?」  「まじです。ずっと気になってたんだ。」  「いやいや、無理でしょう?」  「そう?じゃあスキンシップにする?」  「その場合、あの…どんな感じで…?」  「俺が、お前を触り倒すの。」  「先生…それもちょっと無理かと…」  「無理と言われると、強制執行になっちゃうよ?さっき言ったでしょ?言う事聞くって。」  うっ。すでに罠が…。  どうしよう、どっちも死ぬほど恥ずかしいぞ。  何が恥ずかしいって、触られる事もそうだが、触られるほうがいいと思う自分が一番恥ずかしい。  死んでも口にできない。  「譲歩してあげようか?」  「え?先生、譲歩って言いながらハードル上げませんよね?」  「何がハードル高いと感じるか、は橘次第だから分らない。」  先生はしっかり私に視線を合わせ、ガラリと雰囲気を変えた。  急に空気が重く感じ、息苦しさを覚える。  「2年前、俺の歌を聴いて泣いた理由を教えて?自殺未遂の訳も同じなのかな?」    ああ、そうだよね。  それだよね。  先生、用意周到だね。      
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