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微かに香る彼女自身の匂いが鼻孔を擽(くすぐ)る。
源泉を求めるように、鼻先を彼女の耳のすぐ下に寄せる、その行為が自分自身を裏切るものだと知っているのに。
それを止めたのは、自分の理性では無く、身じろぎして顔を上げた彼女自身だった。
「先生、私の…さっきの話を聞いても、大事だって、大切だって言えるの?
ホントに?」
真剣な面持ちの橘にどう伝えようかと言葉を考える。
彼女にとってどれ程重要なことか分かるから、ちゃんと納得させたかった。、
まだ腕の中にいる彼女を離し、片膝を立てたその上に両手を組む。
ソファに右半身を凭れさせ、彼女を正面に見据える。
「ほら、大事で大切だと、いくら言っても君は信じて無い。
よく聞いて、2年前にあの駅の西口のバスデッキで、俺の唄にぼろぼろと泣いたのは何故?」
2年前の未熟な恥ずかしい唄を、サビの部分だけ口ずさむ
「 汚れても
醜くても
だから人間だろ
だから生きてるんだろ
出損ないでも
半人前でも
汚れても
醜くても
だから愛しいと
僕は言えるよ 」
「この唄を、俺は自分の為に作ったんだ。
君が聞いて泣いたのは、これが心から欲しかった言葉だったからだよね?
だから、俺と君は同じだったんだよ…」
彼女は、腑に落ちないという顔をしている。
「君がどれだけ自分の事を醜いと言おうが、ダメだと言おうが、俺には関係ない、君が君だから大切なんだよ。
第一、本当に醜いダメなやつはそんな自分を悩んだり殺してしまおうとするかな?
君の話は君の潔癖さとか、純粋さの表れとしか思えなかった。」
彼女が再び顔を上気させる。
納得してくれたろうか?
多少の誇張や言葉のすり替え、作為的な嘘が混じっていても、それさえクリアできればよかった。
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