深澤蒼馬の葛藤

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   10代の自分が作った未熟ながらも自分にとって大切なその曲を唄い終わると、その子は、ヨロヨロとすぐ前に出て来てお辞儀をした。  顔を上げると涙でグチャグチャになりながら  「あ、ありがとう…ござい…」ましたまで言えずにボロボロと泣き始めてしまった。  『おい、蒼馬よかったな、こんな可愛い女の子がお前の唄で泣いてくれてるぞ』  10代の自分にそう語り掛けながら、その子の泣いている姿に何とも言えない高揚感を感じていた。  一種のエクスタシーと言ってもいいかも知れない。  ゾワッと総毛立って、自分が人に影響を与えた事が、逆に快感になって自分自身に返って来る。  女の子の泣き顔が、自分に及ぼした変化に少なからず戸惑い、それを隠して  「聴いてくれてありがとう」  と、微笑んでみたら、目の前でしゃがみ込んでしまい、尚更涙が止まらなくなってしまったようだった。    自分でも不思議に思った。  泣いてる女の子なんてうざい物の筆頭じゃなかったか?  この位の女の子なんて、何かあればすぐ泣き出す人種だろ?  自分でも信じられない事に、目の前に見える揺れてる旋毛をポンポンと軽く叩くと、泣き顔のまま俺を見上げた女の子に、自作のCDを差し出していた。    「これ、あげるからお家で聴いてね。」    財布を出そうとする彼女に、「プレゼントだから」と遮る。  駅前は仕事帰りのサラリーマンや買い物客、などでだんだん人通りが激しくなっていた。  彼女はCDを胸に抱きしめたまま、ちょこんと頭を下げ駅の構内へと走って行った。    たったそれだけの事なんだが…。  
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