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1階マンション入り口の右側、管理人室の小窓に先生が声を掛ける。
「1203号室の深澤ですけど。」
中から管理人らしいおじさんが顔を出す。
「如何されました?」
「実はこの子なんですけど、」と私の肩に手を回し前に押し出す。
おじさんはじろっと横目に私を見てから、視線を先生に戻す。
何を考えているのか、計りかねて私も先生を見上げる。
「近くに住む知り合い夫婦のところの子なんだけど、その夫婦が今離婚協議中で、まあ、この子の居場所が無くてね、この休みの間特に。
それで、僕のうちに来てもいいよって事になったんで、これからちょくちょく来ると思うんですけど、よろしくお願いします。」
先生に頭を押されて一緒に「お願いします」と挨拶する。
そうか、そう言う設定にして面通ししておこう、ということなのか。
しかし、口から出まかせがこうも滑らかに出てくるものなのか、とこの先生の底知れなさにドキドキする。
「お名前は?」
おじさんに不意に聞かれて、慌てて先生を見る。
「ゆうです。たちばなゆう」と先生が答える。
「ゆう君か、わかった。」
おじさんは、何も言わなくていいよ、とでも言いたげにうんうんと頷いて私を見る。
「じゃ、行こうか。ゆう、おいで。」
背中を軽く押され、おじさんにちょんと頭を下げながら先生に付いて行く。
せん…せいと呼ばない方がいいのか。
気を付けなきゃ、と思いながら小走りに先生の後を追う。
「ああ、ごめん。」と先生が立ち止まる。
私を見下ろしふっと溜め息を吐いて今度はゆっくり、私の肩に手を掛けて歩き出す。
「お前にこんな真似させて、ごめん…」
そう呟く声にビックリして先生を見上げる。
「でも、男の子にさせたらさせたで、もっと怪しく見られそうな気がして来た。」
「…!」
せ、せんせい!何を言い出すの?
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