1367人が本棚に入れています
本棚に追加
/263ページ
その手元を見ている私の姿がもの問たげだったのかも知れない。
先生は「くすっ」と笑う。
「用も無いのに遊びに来るやつが煩いだけだから、心配しなくても大丈夫だよ。」
「な、何も言ってませんよ。」
心配した訳じゃない、ただ、ドキっとしただけだから。
だって3日の祭日に会って以来なんだから……二人になるの。
伊織に見られた事もあって、やっぱり変装禁止、そして私が一人で先生のマンションに行くのも禁止になってしまった。
その代り、公園とかでおち合って車に乗せて貰えれば、部屋に行ってもOKになった。
伊織に見られたあの日、先生は知り合いのライブハウスに頼まれて、キャンセルの穴埋めに借り出されたらしい。
リハーサルと2ステージをこなし、帰って来たら、よれよれで爆睡だったと笑っていた。
「教師はバイト厳禁だから、秘密な?」
そう言ってた癖に連休の後半もライブハウスの出演依頼を受けて出かけてしまった。
大丈夫なんだろうか?
先生の細い体で、持つんだろうか?
それに、ばれたら先生は教師をクビになっちゃうかも知れない……
先生の授業は丁寧だし、説明も分かりやすいように工夫してくれる。
実験も、グループで話し合いながらの発表も面白くて、みんなが先生の事、いい先生だって言ってる。
でも先生の歌う声は、それ以上に素敵で、どっちも辞めて欲しくないって思う。
両立なんていつまでも続けられるはずないって分ってるのに。
でもでも、そしたら先生はどっちを選ぶんだろうか?
生物教科準備室の奥に進み、先生を振り返る。
頭の中のグチャグチャな考えを振り払って、今、先生と一緒に居られることを喜ばなくちゃと思う。
「先生、プリントの綴じ込みですか?やること教えてください。」
「ふ、真面目だね…次の授業はテストを返してそれの解説でお終い。プリントはあるけど、綴じなくていいから。」
「え…手伝い…じゃあ実験道具の準備ですか?顕微鏡とか、プレパラートとか…」
「橘、座って。それ持ってるのお昼?食べなくちゃ。」
「先生は、お昼食べたんですか?」
「うん、さっきここで橘待ちながら、購買のパン食べた。」
うん、って可愛過ぎるんですけど。
最初のコメントを投稿しよう!