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気を逸らせながらも、転ばない様丁寧に斜面を駆け降りる。下りきって木々の間を進むと、少しずつ家が見えてきた。久方ぶりの人工物を前にこれまでの疲れや不安が吹っ飛んだ様に錯覚して、年甲斐もなく思わず走り出してしまった。
藪から出て、体に付いた汚れや枯葉を払い、改めて小屋に視線を向ける。丸太を積み上げて建てられた、シンプルなログハウスと言った外観。玄関が見当たらないので、裏手に出てしまった様だ。玄関側に歩を進めながら改めて近くで小屋を観察する。
しかしながらこうまじまじと見ると、所々苔が生したり腐っている部分もありかなり年季が入っている様に見える。ガラス窓もくすんでしまっていて、中の様子は窺えない。ログハウスに来たのは小学生の頃のキャンプ以来の事でちょっとわくわくしていた部分もあったが、なんだか不安が勝り始めた。
人様の家を勝手に酷評するなど何様だという話だが。
なんて呑気な事を考えながら小屋の角を曲がりかけた時、突如耳に飛び込んだ爆音に飛び上がってしまった。
思わず悲鳴を上げて後ずさりする。爆音が頭で反響し、心臓が痛い程脈打っている。なんとか心を落ち着かせながら、音の出所に向き直ると、音の正体は今に至るまで目の前で轟々と吠えまくる二匹の猛犬だった。
玄関の柵に繋ぎ止められていたらしく、それぞれを縛る鎖が悲鳴を上げる程此方に食って掛かる。
少し近付こうとするだけで更に咆哮のボルテージが増した。悪臭を放つ唾液を散らしそれに嫌悪感を憶えて離れると、てらてらと光る牙を剥き出しにしてこれでもかというくらい唸るのだ。
ギチギチと鎖が軋む。鋭く尖った牙を喰いしばり、敵意のみが込められた視線をこちらへ向ける犬たち。否応なしに視線が合うと、その光の無い眼の奥に野犬や狼の様な粗暴さ、狂暴さを感じて思わず身震いする。愛くるしさ等は欠片もなく、自分が普段犬に持ち得るイメージとはかけ離れている。番犬としてならこれ以上無く役目を果たせていそうだが、最早今の形相は威嚇の域に収まっていない。
彼らから早く離れたい思いもあったので、射殺す様な獣の視線を背にさっさと玄関に向かう。まぁ翌々考えれば、外に繋がれている犬が居るという事はそれを飼っている人間が居る事の証左ともなる。これ程の収穫が出来たなら、先程死ぬほどワンコロ共にビビらされた甲斐もあったというものだ。こういう時こそポジティブシンキング、ポジティブシンキング。躾はもう少しちゃんと頼むな。
玄関前の階段を昇って扉の前に立つ。先の件でまだ心臓が落ち着かないので息を整えてから3回のノック。
「ごめんください」
即時の反応は無い。が。
ふと、物音がしてそれと同時に扉の奥に人の気配。今のは足音だ、絶対に誰かが居る。安堵で顔が綻んだのが分かる。もう一度ノックして、扉が開かれるのを待った。
少し不思議だったのは、物音と気配を感じたタイミング。家の中からやってくるのなら、徐々に足音が大きくなるだろう。それに自分の呼びかけに対して何か反応をくれても良い筈だ。しかし実際は突然の物音と気配の出現。これではまるで、最初から扉の前に居た様な。
この時は、中に人間が居るだろうという希望だけで愚かにも安心しきってしまっていて、どんな人間がいるかなんて考えもしなかった。書き方で分かる通り、当然これは間違いだった。
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