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手を伸ばせば、すぐに届きそうなのに。
大声を張り上げれば、私の声があなたに届きそうなのに。
会いたくて、会いたくて、仕方なかったのに。
近いようで、遠く感じるのは、ピッチに立つあなたが別人のように思えるから。
ブルーのユニフォームに袖を通して、胸に日の丸を背負ったあなたは、私が馴れ馴れしく、その名を呼んではいけないんじゃないかと思う位に、違う人に見えたんだ。
あれほでまでに、
恋い焦がれて、
会いたくて、涙したのに。
今、あなたは目の前にいるのに、
何でこんなに切ないんだろう?
そうして私は、鋭い眼光でボールを追い続けるタケルを、そんな気持ちのまま90分間を見守り続けた。
試合が終わると、また人の波は駅の方向に向かって押し寄せる。日本代表は2ー0で勝利を収め、タケルは1アシストという結果を残した。
「絶妙だったね! 松本のパス。あいつドイツ行っての成果あったんじゃない?」
「いやぁ! 興奮したよ! 皐月ちゃんがいてくれたから、分かりやすく解説してくれたから助かった!」
お父さんと皐月は興奮冷めやらぬ状態で、試合を振り返っていた。
ふとスタジアムを出る時に、人だかりが出来ている輪に気づく。
「あれ、何してるの? 皐月ちゃん」
そんなお母さんの問いかけに、皐月は答える。
「選手の乗ったバスが、あそこから出てくるんだと思いますよ。サポーターは、選手見たさにあそこで出待ちしてるんですよ」
あそこにいれば、タケルを見れるの?
でも、いい。見たくない。
私は『見たい』んじゃなくて、
『会いたい』んだもん。
ってかさ! 考えてみてよ!?
半年以上ぶりに会えるのに、
メールや電話の一本もなし!
会えたはずなのに、何で私はこんな疎外感を味わっている訳!?
会いたいと思ってるのは私だけなの?
そう思ったら、なんか無性にイラついてきた私。
皐月が「出待ちする?」と聞いてきたけど
「しない。帰る」
と、だけ答えて、私は足も止めずに駅へ向かった。
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