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「佐野サン!あそこにあるのってもしかしてあれですか!?」
「…ごめん、何言ってるか全然わかんない」
呆れ顔をして返すと、“あれ”に人差し指をさして「あれですよ」と言った。
はしゃぐ声に後押しされて覗き込むと、“あれ”っていうのは庭先に生えてる木のことらしい。
でも、なぜにそんなことでこんなにもテンションが高いのか。
「桜ですよね。まだ咲いてないけど」
「あぁ、そういえば」
言われて思い出す。
昔、確かに庭先に桜の木が一本あった。
というのも、新居であるこの家は昔、僕の母さんと父さんそして僕の3人で暮らしてたから。
でも、父さんが再婚して――というよりもきっとここに居るのが辛かったのだろう。
だからと言って手放しはしなかったけど、何年も使っていなかった。
そのため、どうせならここを使えと父さんがこの春、寄越してきたのだ。
偶然にも大学から電車で行ける距離で、しかも時々手入れをしていてくれてたから。
こうして特に忙しい思いもせずに新生活の準備ができている。
「別にそんなにはしゃぐことでもないだろ」
「そんなことないですよ!桜咲いたら貸切じゃないですか!」
3月の中旬、まだつぼみすら出ていない状態で、嬉しそうに言うものだから。
釣られて口元に笑みが浮かぶ。
けれど、僕の知ってる橘恭平が、仮にもこんなことを言うなんて少し可笑しい。
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