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「おやすみ、季子姫」
寿親は姫の耳元に唇を寄せ、彼女にしか聞こえないほど小さな声で囁いた。
それはただの挨拶だったのか、それとも呪術の類だったのか。直後、姫は糸の切れた人形のごとくがたりと崩れ寿親の腕の中で深い眠りに落ちて行く。寿親は姫の緋色の髪をそれはそれは大切そうにそっと撫でた。
それは傍で見つめている教幸が、つい目を背けたくなるほど愛しさにあふれたものだった。
寿親は姫を軽々と抱き上げ寝室へと連れて行く。
戻ってきた寿親は、そっとおゆうの亡骸に一礼してから、教幸を連れて別室へと移動した。
そこでは、寿親が用意した――つまり人ではない――女房達が丁度夕食を用意したところだった。
食材は泊まる予定だった東宮の別荘からこちらに運んでこさせたので不自由はなかった。
「教幸――明朝京に戻れ」
開口一番それで、教幸は目を丸くするほかない。
「何故――?」
「厄介なことに巻き込まれるからだ。
今戻って全て私のせいにしておけ。
東宮の乳兄弟で居ながら、出世もろくにできない人生なんて嫌だろう?」
どこか皮肉めいた口調で、寿親はそう告げた。
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