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「きゃっ!」
一人の少女の悲鳴が洞窟にこだまし、向かいに大剣、片手剣、小剣―――どれでもない大きさの刃が、赤く鈍い光を放って少女に対して向けられた。
その剣が反射した光は、狙う標的を逃すまいと、地に倒れ、どこか熱い視線でこちらを見たまま動かない少女に浴びせられる。
「はぁ、はぁ、私を、殺すの…?」
「…これも仕事だ、このまま君を放っておくと、被害が出るかもしれない」
まるで、現場の状況からするとか弱き少女を強姦魔の暴漢が襲っているみたいに思うものも、遠目から見ると少なからずいることだろう。
しかし、少女の震える声に対する返答に使われたのは、案外大人の男性よりも数段高い少年の声であり、少女もその声を聴くたびに瞳を潤せては熱い吐息を漏らす。
その様子には、少女は危ぶむべき己の命に対する危機感、というよりも相手の少年に向けての思惑が何かしらあることを表しているかに思える。
体中傷だらけ―――の少女は、一見するとかなりの美少女なのである、しかし、人間とは違う部分が多々見て取れる。
それは背に生えた黒い双翼、頭から天に向けて聳えるこれまた黒い双角。尖った耳は童話のようだ。
スタイルも悪くなく、一級品の扇情的なオーラを醸し出しており、少年はそれに動じずに、ただ冷静に剣先を突きつけている。
そう、目の前で抵抗の余地すらないこの少女は人外、魔物であり、種族の名は、”サキュバス”なる者である。
人の精を糧とし、かつ自分の本能を魅了し、身を捧げようと思った相手には死んでも食らいつく淫魔。彼女はそのうちの一匹であった。
もちろん、そのような相手ではない場合、彼女たちは容赦なく吸精によって相手を殺めることもあるが。
そのような魔物を相手に、彼―――京は対峙していた。
「何でもするからぁ、命は見逃して…」
声に所々甘さが入り、響きも淫靡なものを含み始める。
―――やれやれ、悪魔系統とはこれだからやりあいたくないんだ。
そうため息をつくと京は目の前の少女に対してずいっと顔を近づける。
目の前に闇のような黒髪に、焦げ茶色の瞳の京の顔が迫ると、サキュバスの少女は戦いの際の運動で紅潮したのか、あるいはそれ以外の要因でほのかに染まった顔を一層濃く染め、京に潤み熱を帯びた桃色の視線を送る。
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