第三話 忘れられたい

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この突然変異で生まれた茗荷の花は、その香気成分の中に特殊な 物質を含んでいる。 周囲に飛散したこの香りの成分が周囲の人間の知覚に作用し、その結 果、花粉の発信者である聡の存在を認識できなくしてしまうのだ。 茗荷を食べると物忘れが激しくなる、そういう言い伝えだけの効 能が変異丸によって作り出され、更に彼の「自由になりたい」という 望みに合わせた能力と化したのである。 実際、今の彼に邪魔をする物も、危害を加えるものも皆無だった。 店先から果物を盗んで食べるという些細な悪事から、女の下半身に手 を入れまさぐるといった下品な所行まで、あらゆることを楽しんだ。 だが、まだ行っていないことがある。 殺しである。 憎むべき人物に、復讐するのだ。 聡は工具店から堂々と金槌を持ち出した後、商店街を出た。 先ほどまでのにやけとは対照的な、緊張した面もちで。
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