第三話 忘れられたい

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山陰地方の小さな町。 海沿いにある、バスが二時間に一台しか停まらない古びたバス停。 つぶれかけの釣具店以外には、人がいそうな場所もない。 空は既に蒼く変わり、海水が浜辺を浸食し始めていて、黒くなったテ トラポッドと堤防がそれを阻んでいる。 その堤防から見える黒い岩礁を見ながら、二人の男が話し込んでいる。 一人は背の低い年配の男。 もう一人は、若い作業着姿の男。 「……会社でも家でも怒鳴られて蹴られて、もう嫌なんです」 弱々しい声。 「それは可哀想に、苦労してるんだねえ」 底なし沼の泡のような、暗く濁った声。 「こんな人生、もう嫌です」 「……君は、何になりたい? 何をしたいんだね」 若い男は俯いたまま黙り込む。 「わからないか」 「……すいません」 「じゃあ君は、何が好きだ? 道具でも、食べ物でもなんでもいい」
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