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くうくうと小さく音を紡ぐ寝息は私を安心させると同時に胸を騒がせる。
愛おしい人が隣に寝ていることを実感するのは、とてもうれしく面映ゆいものだ。時にいびきとなる寝息は隣の愛おしい存在を実感させてくれる。生にこれほどにまで誇りを持てる時間はないのではないだろうかと思わせるほどに。それほどにまで私はこの隣にいる存在を溺愛している。
雨谷穂鍬(あまやほずき)という隣に眠るその存在は私、奈須田由弥(なすだゆみ)の恋人である。穂鍬は34歳、私は24歳。付き合い始めて6年になるこの関係はいまだ変わることなく続いている。きっかけはなんということはない相談話。二人で話す中でたがいに惹かれ、穂鍬の告白によってその関係は成立した。
「結婚を前提にお付き合いしてください。お金はなくとも不幸にはしないから。」
相談話を持ち掛けられてはや2週間。問題の解決を目前にして穂鍬は私に気になる発言をした。
「この問題が解決したら…話があるんだ。」
何のことだろうかと、考えた。問題が解決したらなんということはない、この関係は終わるのだ。毎日のように相談話を聞くことも、答えることも、そのあとにするとりとめのない話もなくなる。
「その話は今できないの?」
いっそ早く息の根を止めてくれと思った。だから私から早く終わらせようと思った。話をせかし、今日お別れをしようと。そう、考え付いたのだ。
「いや、今はできないんだ。でも、この問題が解決したら君に話したいことがある。いや、聞いてほしいことがある。」
相談話をしてた時のように真剣な声音は、真剣だがどこか儚げな雰囲気を持っていた。少し今までとは違うその雰囲気に、小さく息をのむ。まだこの関係は続いてくれるのではないかと期待させる。
「わかった。じゃあ、待ってる。」
やっとのことで紡ぎだした声は震えていなかっただろうか。期待を悟られてはしないだろうかと逡巡する思考は話に終わりを告げる声で一時停止する。
「うん、明日がんばってけじめをつけてくるよ。君にふさわしい存在になるために。じゃあ、おやすみ。」
意味深な言葉を残して通話を切ってしまった穂鍬は何を考えていたのだろうかと一つ一つ言葉を思い返す。明日。もしかしたら、明日、この関係は変わるのかもしれない。どう変わるのだろうかと考えながら、静かに瞳を閉じた。
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