1 萌黄(もえぎ)

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「お武家さん、娘さんを怒らんでくださいよ。わしの方から話かけたんですからね」  商人が、父に向かってそう言って、泉に 「これを持っていきな」  と、敷物の上に置かれていた枇杷を、泉に二個渡してきた。 「え、でも……」 「いいから。父上と一緒に食べな」  ぐいっと押し付けるように枇杷を渡され、泉はぺこりと頭を下げて枇杷を両手に持つと、先に歩き出した父の後を追った。 「お父!」  ぱたぱたと小走りで父に追いつくと、馬のアオが、ぷひひひっと鳴いた。 「アオ、お前の主人は私で、泉ではないだがな」  父がアオの手綱を握り締めながら、それでもあきらめたように立ち止まった。 「さっきの人が、お父と一緒に食べろって」  泉は息を切らせながら、父に枇杷を差し出した。
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