1 萌黄(もえぎ)

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 甘酸っぱい香が、口いっぱいに広がる。 「だがここは、お前の故郷だ。お前が生まれた、もう一つの故郷だ」  枇杷をかじる父の視線は、まっすぐに鎌倉へと連なる道を見ていた。 「お父達が昔お世話になった方に、私はお仕えするのでしょう?」  その名を、この道中では口にするなと、父に硬く言われていた泉は、そんなふうに言ってみた。 「そうだ。この鎌倉には、私やお前の母の恩人でもあり、大切な方々がいらっしゃる」  父の言葉に、泉は顔を上げた。 「忘れるな、泉。ここはお前と私達のもう一つの故郷でもあるのだ」  泉に言い聞かせるように、父は言った。  泉にとって、「故郷」とは木曽のことだった。  四方を山々に囲まれたあの里が、泉が知る世界であり、あの場所で自分は生きていくはずだった。
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