第1話

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「それはね」  そう言って急に顔を上げ、ぐっとその距離を詰められた。 「鳴鈴実(あずみ)にどうしても会いたくて」 低くて少し艶のある声。もう十年近く聞いてきた大好きな声。今まではテレビを通して、ラジオを通して聞いていた声を耳元でそっと囁かれる。 「ちょっ! ちょっとやめて下さいってば! 仕事用の声使うの禁止って言ったじゃないですか!」 「好きなくせに」 「そ、それはそうですけど……」 「浅井(あさい)さんの声の方が好きなんだったっけ?」 「へ? 浅井さん?」 「あれ違った?」 「確かに浅井さんの声は好きですけど」 「俺とどっちがいいの?」 「はぁ!? 意味がわかりません!」   いつの間にか記入の終わっていた紙を奪い取り、そそくさと受付へと向かって歩いていった。 こんな顔見せられたもんじゃない。 必死に赤くなる顔を隠す為に、少し受付で無駄話をしてから、番号札を持って三咲さんの元に戻った。 声優の三咲亮介(みさき りょうすけ)  今、私の心を乱す唯一の存在。半年前まではこの人がこうやって目の前にいる事自体、想像する事すら出来なかった。
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