始まりのショー

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① 天上英雄(てんじょうひでお)は聞いていた。 彼がまだ母親の体内にいた頃に、それはそれはか細い女の人の声を。 何も知らないはずなのに、英雄はその声に懐かしさといった親しみを覚えた。 その声は英雄が産道を通っているときまで聞こえていたが、生まれてからは一度も聞いていない。 この話を聞いた人は、大抵母親の声だったのだろうと気にも留めない。 「だけど!!お前は違うよな、葵!?」 教室にパチンという乾いた音が響く。 小飛音葵(ことびねあおい)は、まるで蚊を潰すようになんのためらいもなく英雄の頬を叩いた。 教室にいたクラスメイトたちは一瞬ざわついたが、騒動を起こしたのが英雄と葵だとわかるとすぐに自分達の談笑に戻った。 「その話、私に何回すれば気がすむのよ」 英雄と葵。二人の関係はいわゆる幼馴染みというものだ。 親同士の仲も良く、小さい頃から英雄の遊び相手だった葵は何度も何度もこの話を聞いていて、軽くノイローゼになりかけたこともある。 「で、でも!」 頬を押さえながら反論しようとする英雄に「でもじゃない!」と言い放ち、葵は苛立ちを露(あらわ)にする。 「あんたね、十四歳になってもまだそんなこと信じてるの!?お腹のなかで聞いた女の人の声!?なにそれ」 「本当だ!俺は聞いたんだ」 「『あなたは特別なのよ』っていう女の人の声をでしょ?はいはい。私はあんたの妄想に付き合ってるほど暇じゃないの」 「でもお前もあの時いたじゃないか!見てたんだろあの時!」 英雄がそう言うと、葵は言葉に詰まった。 大抵のことなら彼を言い負かすことなど彼女にとってはわけのないことである。 しかし、幼い頃体験した不思議な出来事の事を言われると葵は何も言えなくなるのだ。 葵がこの場をどう乗りきろうか考えていると、彼女の友達である美濃旗友愛(みのはたともえ)がやって来た。 「ごめんね天上君、このあと葵と職員室行かなくちゃいけないんだけど…」 葵自身怒りのせいですっかり忘れていたが、朝のホームルームの時に担任に呼び出されていたことを思い出した。 葵は勝ち誇った笑みを浮かべ、友愛と共に教室から出ていった。
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