天狗道 ~幼少記~

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  「ところで款冬、この男は一体……」  そう鬼灯に小声で尋ねられたところで、俺は我に返った。 「そうだ、この人がお前を助けてくれたんだ、お前も礼を言え!」  俺達は男の前に回ると揃って頭を下げた。鬼灯の頭は俺が押し下げた様なものだが。 「おやおや、これはご丁寧にどうも。大した事はしてないんだがなぁ」 「いや、大した事だ、だって……!」  鬼灯の頭にやったままの手に力が入る。  この頭が冷たくなっていたかもしれないのだ。大した事でないわけがなかった。間接的に自分も助けられたようなものなのだ。  俺の寄る辺である友を……親友の命を……、救ってくれたのだから。 「仲が良いんだな、お前達は」  男は懐かしそうに微笑みながら、俺と鬼灯を交互に見た。 「お前達を見ていると、知っている兄弟を思い出すよ……。俺もそろそろ次の町へ行かんとなぁ。お前達は向こうから来たのか?なら、俺の泊まっている旅籠は反対側だ」  くるりと体の向きを変える男を見て俺は焦った。まだ行かれては困ると思った。御礼もしていないし、それに……。 「なぁ、名を教えてくれ!俺たちの名しか訊かれていないぞ!」 「おぉ、そうだったな。俺は……――――」  この男の台詞の、妙な間の意味を知るのは、十年以上先の事である。当時の俺達に解る筈はなかった。 「武郎って者だ」  男は……武郎はそう言って、ニカッと笑った。 「じゃあな小僧達!友は大切にするんだぞ、特に鬼灯とやら!」  大きく手を振る恩人の後ろ姿は、俺の目の奥にしかと焼き付いた。そして俺の中で、ある重大な決心が立った。
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