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武郎の姿が見えなくなってから、鬼灯がおもむろに口を開いた。
「ほおずき……?何だ?おれのことを言ったのか?」
まぁ、解らないのも無理はなかった。
「ほおずきってのは、お前の小物入れに書いてある漢字の読み方だ。あの人が言ってた。きっとそれがお前の苗字だろうってさ」
鬼灯が確認の為に取り出した小物入れを見つめながら、俺は思った。いや、出会った時から感じていた事だったのだが、この時改めて感じたのだ。
鬼灯……こいつは環境さえ何とかなれば、いずれ武士として出世する。そんな奴が乞食で一生を終えるなどあってはならない。本人は商家に雇って貰うつもりのようだが、あの血の気の多い態度が改められなければ、現状はきっと変わらないだろうと。
「なぁ鬼灯」
「ん?」
慣れない呼び方のはずだが、鬼灯はすぐに順応して振り向いた。
俺はついて来い、とだけ言って元来た道へ向かった。鬼灯の住み処にしている祠の方だ。鬼灯は何も言わずに俺の後ろを歩いた。俺は祠の前を横切り、さらに奥へ進む。
それを見てさすがに鬼灯も不審そうに「どこへ行く気だ?」と尋ねた。顔の向きを変えずに俺は答える。
「天七木の屋敷だよ」
鬼灯がその時どんな顔をしていたのかは知らない。だが、歩みを止める気がないようなのは確かだった。
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