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男は軽々と鬼灯を抱え上げ、小橋の木骨に手を掛けて地上に戻ってきた。
俺はその時初めてその男の顔を見た。少し癖のついた中途半端な長さの髪は、濃茶色を帯びていた。今考えると歳は十六、七ほどだったのだろうが、当時の俺からしてみるとただ若いというだけで、随分と大人である様に感じられた。
「さて、医者に診てもらうか。小僧、近くの病院はどこだ?」
「ま、待ってくれ、俺達は医者に掛かれるほど金が……」
「そんなもの俺が払ってやる。今はこいつの命が先だろう?ここには旅で来たから詳しくないんだ、お前が案内してくれよ」
今時こんな優しい大人がいるのかとまた一人泣きそうになりながら、俺は急いで男を一番近い病院へ引っ張って行った。
* * *
「…………」
診療部屋に入ったきり出て来る気配の無い鬼灯の安否を考えると、気が気でなかった。長椅子に腰掛けた足を幾度もぶらぶらと揺らす俺を気遣ってか、隣に座っていた男が口を開いた。
「小僧、名は?」
「……神田、款冬……」
「ほお、良い名じゃないか。あっちの小僧は何と言うんだ?」
「……わかんねぇ。あいつ、名無しなんだ。小物入れに名前みたいなのが書かれてたけど、俺もあいつも漢字が読めなくて……」
そう言って持たされていた小物入れを俺が取り出して見せると、男は少し黙ったのち、口の端をにっと上げた。
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