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「おや…此処に、ですか?」
足を止め表情を引き締める忠興の横で、氏郷は僅かに驚いた様子で問い返す。
緩く風が吹いた。紫と稲穂が僅かに煽られ、辺りに木々を揺らす音が響く。真剣な表情のまま周囲の気配を探る忠興の傍ら、氏郷は顔色一つ変えず葉擦れに耳を傾けていた。
忠興の生来からの性質。
人間「以外」のものを察知してしまう体質を、氏郷はよく知っていた。
「んー…なんだろう」
「掴みきれませんか?」
「うん。でも、少なくとも悪意は無いみたいです」
歩き始める忠興に合わせて、二人はまた屋敷に歩みを進める。正体を掴み切れず釈然とした表情のまま、忠興は氏郷を見上げて聞いた。
「待庵…先生のお屋敷に入り込むなんて、余程強いか性質が悪いかですよね」
否定が難しい言葉に苦笑を浮かべ、氏郷は忠興の頭をぽんと撫でる。
「貴方が『悪意が無い』と判断したのならば、大丈夫ですよ」
「そう、ですかね?」
「今までもそうだったでしょう?私達は何度も貴方に助けられていますから」
だから大丈夫です。言葉を重ねて笑む氏郷に、忠興は口をへの字に曲げたまま俯いた。
自身の体質を理解される度に見せる複雑な表情だ。
「…そうなら、良いんですけれど」
「納得しておいて下さい」
くすくすと笑いながら、がらりと玄関を開けて先導する。氏郷に宥められようやく表情を緩めた忠興が、引戸の隙間から中を覗き込んだ。
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