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「ただいま戻りましたー!」
待庵に居る「仲間」と師に、元気良く声を張り上げる。
陽の光に温まる背から屋内へ風が入り込む。
「……?!」
ほぼ同時に、声と風の流れに逆らい「何か」が外へと抜けていった。
鼻先を通り抜けていく甘い香り。忠興の背後に立つ氏郷にも、勿論それは伝わっていた。
「……今のは」
勢い良く振り返る忠興と、同じく正体を確かめる為に倣う氏郷。
「小さい、女性でしたね」
氏郷が口にしたのは、あくまで感覚だ。彼には人外のものを見る能力はない。
香りのせいだろうか。人とすれ違うように感じ取れた其れは、彼の胸ほどの高さを示していた。
忠興は僅かに頷き、視界に留まっているだろう「客人」を追っている。
吸って、吐いて。五つほど呼吸したところで、彼はようやく肩の力を抜いた。
「…行っちゃいました」
香りの主は門を抜け、この敷地を後にした。
そう告げる忠興は、また少しだけ難しい表情に戻っている。
「見えました?忠興殿」
「はい。でも、正体までは…」
見えたものを説明しようと言葉を選び始めた矢先。
「どないしてん、君ら」
「あ、芝山さん!」
「何処で道草喰ってたんよ?あんま遅いんで心配しとったわー」
屋敷に響いた帰りを告げる声。何時までも玄関に留まり続ける二人を迎えに来たのは、彼らの世話を命じられている芝山だった。
「早よせんと、茶席始まらんよ?」
大きい図体に人懐こい笑み。深刻な空気を打ち消す暖かさに、二人は顔を見合わせる。
「とりあえず、一旦休止ですね」
「そうしましょう。早くしないと牧村さんに怒られます」
左手に握られた薄紫を僅かに掲げ、氏郷は忠興に同意を示した。
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