●帰路にて●

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「ただいま戻りましたー!」 待庵に居る「仲間」と師に、元気良く声を張り上げる。 陽の光に温まる背から屋内へ風が入り込む。 「……?!」 ほぼ同時に、声と風の流れに逆らい「何か」が外へと抜けていった。 鼻先を通り抜けていく甘い香り。忠興の背後に立つ氏郷にも、勿論それは伝わっていた。 「……今のは」 勢い良く振り返る忠興と、同じく正体を確かめる為に倣う氏郷。 「小さい、女性でしたね」 氏郷が口にしたのは、あくまで感覚だ。彼には人外のものを見る能力はない。 香りのせいだろうか。人とすれ違うように感じ取れた其れは、彼の胸ほどの高さを示していた。 忠興は僅かに頷き、視界に留まっているだろう「客人」を追っている。 吸って、吐いて。五つほど呼吸したところで、彼はようやく肩の力を抜いた。 「…行っちゃいました」 香りの主は門を抜け、この敷地を後にした。 そう告げる忠興は、また少しだけ難しい表情に戻っている。 「見えました?忠興殿」 「はい。でも、正体までは…」 見えたものを説明しようと言葉を選び始めた矢先。 「どないしてん、君ら」 「あ、芝山さん!」 「何処で道草喰ってたんよ?あんま遅いんで心配しとったわー」 屋敷に響いた帰りを告げる声。何時までも玄関に留まり続ける二人を迎えに来たのは、彼らの世話を命じられている芝山だった。 「早よせんと、茶席始まらんよ?」 大きい図体に人懐こい笑み。深刻な空気を打ち消す暖かさに、二人は顔を見合わせる。 「とりあえず、一旦休止ですね」 「そうしましょう。早くしないと牧村さんに怒られます」 左手に握られた薄紫を僅かに掲げ、氏郷は忠興に同意を示した。
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