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施設を出た彼女の行先を、私は知らなかった。
色褪せた日々が続いて、それでもどこかで淡い期待をしていた。
彼女の最後の言葉を、いつも頭の片隅に大事に保管していた。
そうして5年。
愛や恋を語るのも恥ずかしい抜け殻のような中年になった私の元へ、両手にダリアを抱えた彼女が、突然戻ってきた。
『先生』
別れの日と同じ声で、彼女は私を呼んだ。
抜け殻だった私の隙間が、一瞬で埋まった。
白いダリアをそっと抱いて、歌うような口調で彼女はこう言った――【あなたの親切に、最大の感謝を】。
あの穏やかに満ち足りた日々に知った、それは、白いダリアの花言葉である。
『――結婚の報告に参りました』
続いたその言葉が、私の希望を打ち砕いた。
ああそうか、彼女は私への想いなどとっくに断ち切っていた。
いやもしかしたら初めから、そんなものは幻想に過ぎなかったのかもしれない。
だが同時に、私は彼女の腕の中に白とは別に雑色のダリアを見た。
視線を彼女に戻すと、彼女が私の視線を辿っていたことに気が付いた。
『……先生は、ご存知ですか?』
雑色のダリアの花言葉を、――とまでは、明言されなかった。
だから、私もそのぼやかした問いに返事をしなかった。
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