射手

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 フランシスはそれを確認すると素早く姿勢を低くし、まず弓を細長い鞄にしまう。続いて、まとめておいた荷物を抱えて部屋を飛び出した。アパートの鍵を落ち着いて閉め、素早く階段を降りる。風はないが、部屋の中から見たよりも酷い雨が降りしきっている。雨の音以外には何も聞こえない。  彼は愛用の弓を、待機していた車のトランクに突っ込んだ。そしてそれに乗り込むと、仲間の運転手に合図を出す。車体はまるで暗殺などなかったかのように、そろそろと発進する。 「よくやった、フランシス。相変わらず鮮やかな手並みだな」  運転手はやや荒い息で暗殺者フランシスを褒めた。運転手がハンドルを捻ると車体は右折。先ほどフランシスが狙撃を行った窓の下を通る。  褒められた当人はいい加減な返事をして窓の外を眺めている。ちょうど窓の真下に差し掛かったとき、暗殺者は歩道に何かを見つけた。土砂降りの雨に加え、街灯の光が反射してよく見えなかったが、写真立てであることがわかった。そして、そこに収まっていた写真に、先ほどのスーツの男と女、そして犬頭の若者が写っていたのがかろうじて見えた。見えただけだった。 「よくやった、フランシス君。これで民主和党の連中も我々キメラ第一民主主義、そして我らが指導者の偉大さを思い知るだろう」  翌日、フランシスは暗殺の成功を報告していた。ワシの視線の先には、軍服を着た、人間の顔をした男性。頬の肉は醜く垂れ、そこに皺が長々とだらしなく伸びている。ブルドッグと見間違えるような顔だ。仕事のてん末を報告するたびにこの顔を見るとなると、つくづく奇妙な気分になる。キメラ症ではないのに、自分と同じぐらい人間離れしたような面構えをしているからだ。なぜ軍服を着ているのか?詳しいことは知らない。  ともあれ、フランシスのようなキメラ症患者は、本来はこういうような人間の姿として生まれるはずだった。  キメラ症というのは、人間の遺伝子が、ウィルスによって他の動物のものとすり替えられる病気だ。どんな遺伝子が、どの動物とすり替えられるかは患者によって大いに異なる。フランシスの場合なら、どこぞの国の、カンムリワシとかいう猛禽類の外見がウィルスによってもたらされたようだ。もっとも、どんな種類の鳥か、なんてどうでもいい。確かに知らされてはいたが、その病気で面倒な生き方を強いられていることに比べてはどうでもいいと思っている。
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