射手

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 それでも内心、目の前の軍服のような見た目の人間に生まれないでよかったと思いつつ、彼に向かって一言述べた。「ありがとうございます」と。思っていることと裏腹、というわけではなく、これは心からの言葉だ。  コンクリートがむき出しのぼろ臭い部屋に、磨きこまれた木製のデスクが鎮座している。軍服の男の部屋だ。窓からは南米の日差しが差し込んでいる。その窓の上を見ると、コンクリ壁にはおよそ不釣合いな瀟洒な時計が掛かっている。それには液晶パネルがはまっており、日付を示してくれている。二〇六〇年、八月十三日、と。  男はしゃがれた声で語りはじめた。自室の光景に陶酔したのか、映画に出てくる軍の幹部のように。 「君はわが国の未来を、そしてキメラ症の未来を明るく照らすべく、今後とも活躍してほしい。彼ら民主和党に捨て置かれた哀れなキメラ症患者達を救う、我らが主導者の理想を実現するために。」  軍服の男と同じように陶酔するまいと、冷静にやりとりする。軍服の言うことももっともだとは思うのだが、彼のように無駄に酔ってしまっては、理想の実現からは遠のいてしまう。  理想というのは、この国のキメラ症患者にも主権を取り戻させることだ。南米にあるこの小国のキメラ症事情は酷い。キメラ症発見の大陸にあるにもかかわらず、キメラ症患者の肩身はことごとく狭い。与党である民主和党という政治派閥の掲げる方針が、キメラ症発見以前の旧体制のままなのだ。それどころか、発展途上のこの国では、キメラ症患者を人間として認識しない風潮すらある。単純に、見た目が違うからだとか、遺伝子が違うので別の生き物だという理由まである。どうやら自分もそのうちの一人らしい。  これが一般の人間の間での差別だけならまだしも、つい先日のとある裁判は酷いものだった。公共施設は、キメラ症患者の利用を拒否してもよい。こんな判決が裁判所で下ったほどだ。とうとう、司法がキメラ症患者と健常者とを等しく見なくなった、ということになる。三権分立が聞いてあきれるものだ。  そんな、日々更新される旧体制の下、虐げられたキメラ症患者が寄り集まって出来た政治派閥がフランシスのいるキメラ第一民主主義だ。
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