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「君には、アーチェリーの、我が国代表として出場してほしい。得意だろう?」
「は、はぁ…」
フランシスの開いたクチバシが、その一言とともにようやく閉じた。
確かに弓は得意だ。しかし、好きで始めたのではない。暗殺という仕事には、音が出ないから好都合だったのだ。他にも理由はあった。南米の極貧小国の、しかもマイノリティの集まりには減音機つきの狙撃銃を買う余裕がなかったのだ。この時代に、しかも弓一つで暗殺をこなせるのは、このワシ頭に納まったタカの目ならぬワシの目のもたらす――つまりキメラ症のもたらす――強力な視力によるものだ。遠くのものも、近くに見える。
「なに、君の正体はバレていないし、派閥には関係ない者だが優秀なコーチもつけよう。なるべく快適な練習環境も提供する。当面君の仕事はそれになるが、よろしいかな?」
勝手に話を進められてしまった。
一瞬戸惑いが沸いた。暗殺以外の仕事なんて初めてなのだ。もはやヒトを殺すことに慣れてしまっていて、普通のことをするのにはためらいというか、得体の知れないものを覚えるようになってしまっている。
しかし、キメラ症のためとあらば、我慢できる。ものの数秒の戸惑いだったが、その思いだけで完全に消え去ってしまった。
「わかりました。やりましょう。この国の、救われないキメラ症患者のために」
先ほどまでのきょとんとした間抜け面が信じられないような、精悍な猛禽の顔つきに戻った。まるで髪の毛のように生えている冠羽がぐっと広がり、軍服に勇壮な姿を見せ付ける。
軍服は、振り返ると、まるで英雄の帰還を見るような目で言った。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。来週から、早速そのコーチと練習する準備が出来ている。今日のところは帰ってゆっくり休み、来週からのトレーニングに備えてくれ。ご苦労だった」
そう言って軍服は、握手を求めてきた。
彼はびっしりと羽毛の生えた手で軍服の、皺でヨレヨレの手を握った。
フランシスはキメラ第一民主主義の党本部で、暗殺者としての資料整理を終えた。そして、アーチェリー選手としての彼に今後必要な資料を持って帰宅した。貧しい小国にしては割と大きいマンションの一室が彼の部屋だ。
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