射手

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 居間には複雑な幾何学模様の描かれたカーペットが敷かれている。その上にはちょこんと、木製のテーブルが置かれていて、それなりに豪華に見える。そんな部屋に戻ると、まずは革製の薄い鞄をテーブルの上に置く。少し疲れた気もするが、ため息は我慢して、そのままジャケットを脱いでクローゼットにしまい込んだ。  テレビを点ける。日本製の中古の液晶のやつだ。先進国ではもっと薄い有機ELディスプレイが出回っているのだが、高くて手が出ない上に、そうほしいものでもない。 ぱっと明るくなった画面では丁度、夜中の国営テレビでニュースが始まったところだ。ソファに座って、足を組む。テーブルの上をみれば、資料の入った封筒が鞄からはみ出していたが、その脇で、羽毛が一枚寂しそうに鎮座していた。彼自身の体から抜け落ちたらしい。なんだか放置する気にならないので、それをつまんでゴミ箱へほいと入れてやると、再び鞄に目を向ける。その封筒を引っ張り出した。  「スポーツか」そう呟くと封筒を閉じている紐をほどく。中にはアーチェリーのルールや練習法、トレーニングの内容などが書かれた資料が詰められていた。他には、スポーツ選手として、自分がとるべき行動、食生活、などのマニュアルも入っていた。あらかた中身を取り出してから、封筒の底に何か詰まっているのに気付く。羽毛がびっしりと生えた指先に、何か硬いものが当たっているのだ。封筒の縁をトントンとたたいてみれば、それが封筒から滑り落ちてきた。今や古臭いコンパクト・ディスクの入ったソフトケースだった。表面には油性のマジックでこう書いてある。『競技大会の映像。参考にしてくれ』と。軍服の男の字だった。すぐに軍服の男のおせっかいだとすぐ分かったので、気が向いたら見ることにした。  資料を読み始める。キメラ症患者と、健常者の行う競技の違いから資料は始まっている。キメラ症向けのアーチェリー競技は、最長百十メートルあるということが記されていて、驚いたものだ。普段の仕事では、確実にターゲットを仕留めるのに、長くても四十メートルまでは近づくものだったのだが。  健常者用のアーチェリーの距離でさえ、長くても男子の九十メートル。キメラ症患者は健常者をさまざまな面で凌駕する能力を持ちうる。それゆえ、健常者よりも長い距離を設定されている、と書かれている。自分の視力みたいなものだろうか。
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