射手

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資料には、アーチェリーについて克明に記されていて驚いたものだった。こんなものがあったとは、と思う。  少々暑苦しい。ワイシャツのボタンを二、三外す。ふかふかとした羽毛が、こぼれる様に胸元に広がった。この姿では、健常者と同じ格好をするには少々暑い。  ワシの頭を首の上に乗っけている理由は、キメラ症とはいっても、その二次感染者だからだ。ウィルスを最初にもらった母は一次感染者ゆえ、姿こそ健常者だったらしい。しかし、ウィルスに蝕まれて、彼を産んですぐ死んだ。父も同じらしい。どちらの顔も覚えていないし写真も残っていない。どちらがどちらにウィルスを移したとかも知ったものではない。 何故二次感染者が、自身のようになるのか。母親の胎内で、遺伝子をすり替えられた一つの細胞から体が作られるためだ。一次感染者は体が完成した後にウィルスに感染しているので、体は変化しないまま、身体機能が侵されて死んでしまう。キメラ症は、二十世紀末から流行を始めたエイズに非常に似た感染経路を持つ。すなわち性交渉や輸血、血液製剤などで、体液を介して人から人へ、また動物から人へと感染していく、とのことだ。これはキメラ民主で教育されたことだった。  感染経路ゆえ、両親のいないトリ頭や犬頭が、施設だとかで育つことも少なくない。  フランシス自身もご他聞に漏れずキメラ民主の施設で育てられた。そして、いつの日からか、今のような暗殺者としての生活をはじめたのだ。世間のことなどまったく知らなかった。いや今でもだ。だから、今日渡されたこの資料には驚きが詰まっていると思う。しかし、不思議と「やってみたい」と思うことはなく、キメラ症のためにやらなければならない、そう思う。  そうしてしばらく資料を読みふける。アーチェリー以外の資料、いつも読まされる行動マニュアルだとかも、いつもと違って新鮮だ。食生活まで決まっており、いつも自分で食べている、シリアルと卵ばかりではなく、色の濃い野菜から、高たんぱく低カロリーな食材まで並んでいる。「貧乏小国にありながらここまでするか」と、党の期待が感じられると、珍しく緊張してしまう。  資料を読み終えるころ、彼は眠気に負けそうになってようやく疲れているのに気がついた。軽い夜食にと、シリアルとミルクを大目にいれたコーヒーを用意した。
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