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「こんばんは」
私の方からは見えなかったけれど、近付くと、吉川さんが運転席側に出て、車に寄り掛かっていた。
いつものように乱れの無いスーツに、軽く固められた髪。
切れ長の目がこちらを見ると、私の体を緊張と嬉しさが同時に走った。
ビリビリと指の先まで痺れる感じ。
「こんばんはっ、お疲れ様です」
ああぁ、挨拶するだけなのにこんなに赤面してしまう。
ぶんっと下げた頭を上げると、
「平日の遅い時間にすみませんね。
でも、疑問点を解消するのは早い方がいいと思いまして」
と、ふんわり笑いながら言われた。
「あ、ハハ、どうも」
“会いたかったので”という言葉を少し期待していた私は肩すかしをくらったような気分になったが、吉川さんに促されて助手席に乗り込むと、ドキドキでそんなのどうでもよくなった。
「食事は済みましたか?」
車を走らせ始めると、眼鏡をかけた吉川さんがさりげなく聞いてくる。
「いっ、いえ」
「じゃあ、お蕎麦、つきあってくれます?
天ぷら蕎麦が美味しいところなので」
「あ……、はい!喜んで」
天ぷら?
前もそうだったけど、吉川さん天ぷら好きなのかな。
私は大好きだから大歓迎なんだけど。
それより何より、夕飯抜いてきてよかったー。
ホクホクした気持ちで心の中で鼻歌を歌うと、
「嬉しそうな顔ですね。
お腹空いてました?」
と、吉川さんから軽く吹き出したような声。
ハッとした私は、自分でも気持ち悪いくらい照れて、前髪を何度も梳いた。
吉川さんと食事できることが嬉しいのに、絶対食い意地が張っていると思われた。
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