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「じゃあ……」
少し間を置いた後、そう言って、ゆっくりと右手をこちらへ伸ばした道野結月。
ハンドルを握る俺の左手の甲に、ひんやりした彼女の手が触れる。
「……」
何をして……。
そして次の瞬間、キュッとゆるくつままれた。
「こ、これで……、許します」
「……」
一瞬のことに、危うく信号無視をするところだった。
彼女はまたおずおずと手を引っ込めて、その戻した所在なさげな指で、何かを誤魔化すように手遊びを始めた。
「ハ……」
思わず、笑みがこぼれる。
これで……許す?
そんなに目の際を赤くさせて?
この車に乗ることを、あんなにも拒否したというのに?
「やはり面白いですね、道野さんは」
自分でしたというのに、頬を染めている彼女。
車内の空気が一気に和む。
なんなんだ? 彼女は。
どうしてこうも可愛いことを、自然にするりとやってのけることができるんだ?
彼女は無自覚だ。
何も狙わずにそうしているのが、嫌というほど伝わる。
だからこそ、一層俺は彼女の一挙一動にここまで振り回されるんだろう。
濡れたワンピースに俺の背広を羽織り、少し眉を垂らして顔を紅潮させたまま、バッグの持ち手をいじっている道野結月。
彼女の態度から、自分が嫌われてはいないということを察する。
……もっと意識すればいいのに。
多分に自分らしからぬ思考に苦笑しつつ、俺は自宅へと車を急がせた。
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