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「か……、鍵を……」
辺りを見回すと笹原祥太の姿はない。
一人で返しに来たようだ。
「あぁ、気付きましたか」
そう言って彼女の方へ足を進めながら、俺は笑っている自分に気付いた。
この今の感情は何と言えばいいのだろう。
彼女へ一歩ずつ近付くにつれ、つい先刻まで後の祭りだと自分を嘲笑していたはずが、理性から衝動がダラダラと滴り落ちていく感覚に襲われる。
まるで宴会中に無理やり唇を奪った時のように。
「あ……。
私が電話に出なかったら……、ずっと鍵のこと忘れてたら、どうするつもりだったんですか?」
いまだに肩で息をしながら、無垢な瞳で見上げる道野結月。
「私はスペアも持ち歩く主義でして」
そう返す自分は既に触れられる距離で彼女を見下ろし、その相変わらずの無警戒さに心の中で苦笑する。
襲われかけたことを忘れているのだろうか、彼女は。
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