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「……っ!!
っあ、あの、業務時間――」
「正午を1分過ぎています。
昼休憩中の糖分補給を」
吉川さんは、今までで一番子供っぽい顔をして、私のお腹に片手を回して笑う。
その笑顔にクラッとしながら、飽きもせず慣れもせずに赤面を晒す私。
チラリと見た研修室の時計は、確かに正午を回っていた。
「ではまた、数時間後に」
小さな声で、いつもとは違うセリフを置いて、吉川さんはドアを開ける。
「あ……ありがとうございましたっ」
私はいつものセリフを、まるで片言みたいに返しながら、頭を下げて彼の後ろ姿を見送る。
嫌でも上がってしまう口角とおさまらぬ顔の熱に、なかなか頭を上げることができず、遠ざかる吉川さんの靴音をただひたすら聞く。
あぁ……、やっぱり、彼は……キツネだ。
心の中で呟き、思わず笑ってしまった私は、ゆっくり顔を上げた。
仕事も恋愛も、まだまだ半人前。
手探り前進の日々は、これからも続きそうだ。
-END-
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