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乱れた前髪と、濡れたスーツと、よれたシャツ。
顎を上げ、頭をコツンと後ろの扉に当てたことで、細められた目に見下ろされる私は、石化したかのように直立不動で、その視線を外すことができなくなった。
静かな廊下を、小降りになった雨の音が包む。
それが一層沈黙を際立たせて、吉川さんの無言の圧力と、この空気の重さを助長させる。
「あ……の……」
怖いし、正直逃げ出してしまいたい。
でもそんな感情に混じった、知りたい、とか、好き、とか、踏み込みたい、って気持ちが、私の足を何とか支えてくれている。
目を逸らすな、私。
逃げるな、私。
破裂音に近い心臓の鼓動の度に、体が膨張するような錯覚を覚えるさなか、私は自分を奮い立たせながら吉川さんを見つめ返し続けた。
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