第1話 緑風

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説明会の帰り道、 あれだけ私たちを苦しめた坂道を軽快に下って行く。 登る時は後ろを振り返る余裕など無かったけれど、改めて見ると眼下には見事に夏の海が広がっていた。 海岸沿いには松の並木や雑木林が続いているけれど、 これだけ坂道を登れば校舎と海の間に障害物は何もない。 風に揺らめく水面が 煌々と降る太陽光をあらゆる方向に反射させていた。 夏の海は生き生きしている。 その日のうちに、両親には進学の希望を伝えた。頑張ってみなさい、と父親も母親も言ってくれた。 目標が出来ると、俄然やる気が出て来るもので 残りの夏休みは毎年行っていた家族旅行もパスし、受験勉強に明け暮れた。 成績は良いといっても、べらぼうな優等生という訳でも無い。 今の私では、確実に合格出来るというレベルでは無かった。 新学期になり、南高校への進学希望を正式に決めて進路相談を受けた。 まだまだ安全圏とは言えないが、どうしても妥協したくなかったので、担任には 「絶対合格します」と大見得を切って進路変更はしなかった。 宣言してしまったのだから、もうやるしか無い。私の性格上、追い詰められた方が逆に頑張れる。 暑い夏が残暑に変わり、 短い秋から冬へと季節が移りかける頃には、自分でも驚くほど偏差値が上がっていた。 そろそろ受験が見えるところまで来ていたのだが、その前に推薦入学の受付があった。 幸か不幸か、私の入学年度から推薦入学の枠が大幅に増やされた。 推薦入学は 中学での成績+小論文+面接で合否の判定を行うものだ。 ただ、入学希望者のほとんどが推薦試験も受けるため、非常に狭き門である。との事。 そして、推薦枠が増えた分 一般入試の枠が減ってしまった。推薦に受からなかった場合、残り の募集人数が少ないので これまた倍率が上がってしまう。 しかし、ここまで来たら 全力投球で挑むしか無い。 年が変わった1月の某日、私は推薦試験を受けるために再びあの坂道を登った。
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