第1話 緑風

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来る時は気づかなかったが、 すぐ向かいの教室の前のドアが開いていた。 講堂に戻るついでに、何気なくドアの中を覗いてみた。 教室自体は、中学のそれと殆ど変わらないものだった。 違うところをあえて探せば、教室の後ろに並べてあるロッカーがスチール製・・・くらいなもので、そこだけやけに新鮮に感じた。 教室の中にも生徒の姿は無かったが、所々の机の上には生徒のものと思われる荷物が置いてあった。 きっと部活に来ているのだろう。 特に何にもないや。 再び講堂に足を向けた時、 私の前髪を何かがかすって抜けて行った。 ーーーーーーーっ?! 振り返ると、教室の中の窓が開いていて、そこから勢いよく風が吹き込んできた。 白いカーテンが バタバタと音が鳴るほど揺れてはためいた。 その風にはにおいがあった。 ーーーー海のにおいだ。 カーテンの向こう側には、 おそらく桜と思われる青々と茂った木々があり そのさらに奥には、真っ青な海が見えた。 窓から吹き込む風は、止むことなく教室の中に流れ続け 私の立つドアから廊下へと抜けていく。 ああ、この学校は教室から海が見えるんだ。 潮の香りをめいいっぱい吸い込み、私はそんなことを考えていた。この窓から海を眺めて、 この潮風を浴びて、 この学校の生徒は、ここで高校生活を送るんだ。 捉えどころなく揺れるカーテンは、それ自体が生きているかの様で ほんの短い時間だが見惚れてしまった。 潮風は、先ほど汗ばんだ身体を完全に冷やすほど涼しく爽快だった。 そして身体が冷やされるのに比例して、頭の芯がじんじん痺れて熱を持つ様な感覚に襲われた。 こんなにキレイなのに。 私しか見ていない。
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