その、ワンシーンで

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「お、桜井、悪いな遅れて」 先輩がスーツ姿で現れた。 「いえ、たいして待っていませんから。お疲れ様でした」 「東郷商事の件、まとまった!大型発注くるぜ。 いや、ひと月粘った甲斐あったよ」 朝から日帰り出張していた桜井先輩。いつもコワモテなのに今日はご機嫌。 「おめでとうございます」 私はにっこり微笑んだ。 「で」 桜井先輩がフェンスの金網に手を掛け、私との距離を詰めた。 こないだ課の飲み会でざわざわしている時「付き合わないか?」って言われたの冗談だと思ってたのに。 「ジョークじゃねえよ。桜井がうちの課に配属された時から狙ってた。返事をきかせてよ」 桜井先輩の視線が熱過ぎる…瞳を見つめ返すのに少し疲れて私は俯いた。 「彼氏いるの?」 私は思い切り頭を振った。 絞り出すような声で答えた。 「えと、同じ名字なのが、ちょっと….」 「は?」 先輩が大げさに目を丸くした。 そしてクスクス笑い出した。 「確かに…俺は桜井悠斗(ゆうと)、君は桜井優香。桜井どころか『ゆう』まで一緒だよな。それが嫌?どうして?」 「なんとなく…」 嫌っていうのか、なんかヒトに笑われそうじゃない? さくらいゆうとと、さくらいゆうかが付き合ってるとか。 ギャグかよ!って感じ。 「そおかあ?俺はそこまで名前似てるとか、逆に運命感じてるけどなあ」 運命…とかそんな言葉あっさり使う? 「今日は返事がノーでも構わない。きっと来世でも俺とお前はどっかで出逢えると思うから」 少し風が出てきた。太陽が姿を隠し、薄暗くなってきた中で、桜井先輩は綺麗な歯並びを見せて笑った。 単純にも、そのワンシーンで私は猛烈に彼のすべてが欲しくなった。 【完】
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