CLUB ビシャス

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さっきまで寝ていたはずなのに、沙織の口からは薔薇の香りがした。それに引き換え、バーボンで寝酒した俺の口臭はきつかっただろう。 軽いキスだけで終わる。 「行ってらっしゃあい」 ベランダから無邪気に手を振る沙織に俺は苦笑した。 あの頃のままだ。 ひと目など気にしない。 「いってくるよ」 俺も手を上げて応え、駅方面へと歩き出す。タクシーを捕まえる為だ。 「ハル!」 聞き覚えのある声に背後から呼ばれ、俺の歩は止まる。急いでいるのに。 少しげんなりしながら、振り向くと予想通りの知っている顔があった。 ショートカットの細身の女。 ひどく青ざめているのは一睡もしていないからだろう。 原田由紀子がここにくるのは、時間の問題だと思っていたが、現実にそうなると目を背けたくなる。 今はとにかく急いでいる。一刻も早くオペに入らなければ。 俺の表情は苛立ちに満ちていたに違いない。 そして由紀子は俺以上に追い詰められているに違いない。 その蒼白な唇が掠れた音を発した。
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