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「1階の住人でぇ、家賃半年分滞納してたのに、あの事件のあと全額一気に払った男がいるの。こないだエントランスでそいつにバッタリ出会ったら、いきなりドライブに誘われたの。
今まで挨拶すらしなかったのに。新車買ったからどこか行かない?って。
気持ち悪いから適当に断ったけど。
競馬か宝くじでも当てたのかね~っておばあちゃんと話してたの。あいつがやったんじゃないかな?」
うんうんと話に相槌を打ちながら、のえると事件の被害者の容貌がどこか似ていると感じていた。
人に言えない仕事をしてまで大金を貯め込んでいた被害者には、きっと何か夢があったに違いない。
のえるのラインはいつも、いちいち人に伝えなければならないような内容でもない。だからすぐにメッセージを読む必要などないと分かってる。
次の休みはいつ?とか。こんな服を買っただとか。知り合って間もなく彼女は俺を「あーちゃん」と呼ぶようになり、美咲は未だに「あっくん」と呼ぶ。
美咲に返信するよりも、のえるに返信する方が億劫だと思った。
年甲斐もなく、なぜ踏み込んでしまったのか…
小さな笑いが漏れる。のえるの若さに魅了されてしまった俺は愚か者だ。それはすぐに重荷になると分かっていたはずだった。
睫毛を閉じると同時に、指先からスマホが露のように滑り落ちて固い音が響く。
始まったばかりの恋だけれど、
俺はあの子を幸せには出来ないだろう。
【完】
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