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「何よ今更・・・。安治君は、私のことを思ってくれているのよ。きっと、私をキスで目覚めさせてくれるわ」
「そう。本当に、それでいいのね。だったらいいわ」
妖精は微笑むと、消えた。まるで、初めからそこにいなかったかのように、全ては妖精が現れる直前に戻った。ただ一つ、私の手に握られた真っ赤な毒リンゴを除いて。
これを、食べれば私は意識を失う。安治君のキスでなければ、目を覚ますことがない。
私は机の目立つ位置に安治君の写真を置いてから、毒リンゴを食べた。万が一、お母さんやお父さんが安治君以外の人を連れてきて、私にキスをさせるのを阻止する為に。
毒リンゴというから、どんな味がするか不安だった。だけど、その味は普通のリンゴと同じだった。シャクシャクとした歯ごたえに甘い味と香り。不味くなくて良かった。意識を失うとはいえ、不味いモノを食べたくはなかった。
味を感じた直後、私は自分の身体が倒れるのを感じた。人が意識を失い、倒れるということは、こういうこと何だと、不思議と実感できた。ただ、それは表面上のことであって、意識はあった。
あとは、お母さんかお父さんが私を見つけて、安治君を連れてきてくれれば。
私はこれから起こることを想像して、また顔がニヤけた。もっとも、それは自分の意識だけ。
しかし、私の期待は意外な形で裏切られた。私は幾つか間違いを犯していた。
まず、お母さんとお父さんは部屋で意識を失っていた私を見つけて、すぐに病院に連れていってしまったことだ。何が重大な病に罹ったのではないかと、勘違いをしてしまったようだ。病院に連れていかれたところで、私の症状は改善するはずもない。安治君のキスだけが私を目覚めさせてくれる。そんなことを知らない医者は、今まで見たことない症例に頭を悩ませた。意識を失った理由を聞かれ、医者は自分の威信もあって、適当な理由をつけて私を入院させてしまった。
あの毒リンゴを調べてもらえれば、すぐにでも原因は分かるのに。だけど、それは無理だった。肝心の毒リンゴは私が倒れたと同時に消えてしまった。きっと、妖精がくれたものだから、普通の人の目に触れないように消えた。
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