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久しぶりに降りた駅は、中学の頃まで住んでいた町の最寄り駅。
でも、当時とはすっかり様変わりしていて、懐かしさはあまり感じられなかった。
子供の頃、いつか入ってみたいと思っていた古い喫茶店はすでになくなり、一帯は大きなスーパーマーケットに変わり、大勢のお客で賑わっていた。
集合場所は、スーパーとは反対側の出口を出て、三筋目の角を曲がった「葡萄の木」というお店だと書いてあった。
うっかりして、葉書を忘れて来たけれど、何度も見ただけに、その場所のことはしっかりと覚えていた。
駅の反対側は、あまり変わってないような気がするものの、来ることが少なかったから、記憶も曖昧だった。
三つ目の筋に入り、細い道をゆっくりと歩いていく。
あと少しで、クラスメイトに会えると思うと、また不安な気持ちがこみあげてきた。
こっそりと鏡を出して、顔をチェックする。
(大丈夫!十分イケてる!)
自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
私は結婚して幸せに暮らしてる吉川操…
夫の仕事はサラリーマンで、子供はまだいなくて…
聞かれたら、そんな風に答えることに決めていた。
(そんなに根掘り葉掘り聞いてくる人もいないだろうし、心配することなんてないわ。)
私は、そう想い、拳をぎゅっと握りしめた。
ふと気付くと、あたりは建物もまばらになり、空き地ばかりが広がっていた。
(こんな所に、お店なんてあるのかしら?
道を間違えてはいないと思うのだけど……)
不安に襲われながらも、念のためもう少しだけ…と歩いていくと、目の前に小さな明かりが映った。
(きっと、あそこだわ!)
嬉しい予感に、私の足は速度を増した。
(あ…ここは……)
私はその店に見覚えがあった。
子供の頃に、いつか入ってみたいと思っていたあの喫茶店だ。
まさか、こんな所に移築されていたなんて……
込み上げてくる懐かしさに感動しているうちに、私は、ふと入口脇のちいさな看板に気が付いた。
木の看板にうっすらと描かれていたのは「葡萄の木」という文字。
今日の集合場所だった。
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