第1話

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 その日京に響いたあの男の声を私は生涯忘れないだろう。気か付かぬ間に始まっていた変化でありその結果であった。幼き日の私に彼が人々に伝えたかったことは到底理会出来ず、ただ何かが起きたと漠然と感じることしか出来なかった。  その頃まだ空は青かった。                  1 開国514年 西暦にして1905年。 漢城の空は昏い。  1日2時間の警邏巡回任務。それが主な彼の仕事だ。  誰でもでも試験にさえ受かれば警務官になれる時代になった。そうでなければ奴隷の子である彼が捕盗庁である警務庁に務める事は出来なかった。祖父までと同じく領主の家で虐げられて一生を終えたであろう。 開国503年の甲午事変。現一級宰相金玉均閣下の急進的改革及び完全開国。清国からの封柵からの解放。奇しくも其れはオスマン機関帝国からのルーマニア独立の前年であった。                 先進的発展を遂げた各国、主に英国より渡来した高度な蒸気機関技術の流入。11年を経過した今漢城は上海北京と並ぶ機関都市へと変貌を遂げていた。 軍部大臣李根沢卿は北央帝国より贈られた北央帝国式の空軍軍服を絳色に染め、日頃から纏い、親北央を表しこの国の開国及び蒸気改革を体現していた。  辻には砂塵と共に機関の排煙が立ち込め、咳き込む声があちらこちらで聞こえる。馬等の家畜は早死にする様になり国内での蒸気病患者の発生も確認された。蒸気病は機関排煙を吸い込み続けることで発症する、呼吸器を致命的に侵す病気であり、機関のあるところこの病がつきまとう。近代化の弊害の代表であるものだ。列強たる北央帝国や王侯連合で爆発的に増加しつつある病であり、技術先進諸国である西洋においても特に顕著な増加傾向にあり、社会問題となっている。  それでも機関の恩恵は凄まじく、少なくとも2年の飢饉に耐えられる蓄えの確保、機関製の反物の流布。民の生活水準の向上がなされた。漢城府伴尹李采淵主導による環境改善がなされたが疫病対策には有効でも蒸気病には無意味であった。
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