第1話

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 空は灰色に変わり、空色が灰色を表す言葉となった。その日彼がすれ違った子供たちは青い空を知らないのだろう。  しかし嘆く声を聴かない。警邏任務で漢城巡回する彼ですら嘆く人々を見ない。時に老人が青空を懐かしむ程度だ。少なくとも彼は嘆いていなかった。  カダスでは北央歴2130年、西暦1827年、カダス地方へ渡った英国人碩学チャールズ・バベッジが作り出した《大階差機関》によって、機関産業および機関技術の革命が発生した。カダス世界を中心として発生し、やがて1年と経たずに革命の嵐は欧州全土を覆うこととなった。採掘技術、農耕用蒸気機関、機動要塞理論などのさまざまな驚異の技術がもたらされ、中でも数学概念とその適用法の発展はめざましく、計算機関(に対する国家の思考さえをも塗り替えた。人類は歴史上稀に見る繁栄を謳歌するに至った。しかし、数々の発展と引き替えに人類が失ったものがあった。清浄な空と海、そして大地である。カダス世界や欧州だけでなく、アジア全土、新大陸、アフリカ、人類の住まうすべての大地は灰色の空と暗い海に覆われた 「捕庁さんっ!」  子供の声が聞こえ、気が付くと袖が引かれていた。6歳程度の少女。なんだと思いしゃがんで子供の目線に合わせる。捕盗庁が警務庁になっても今だ捕庁と呼ばれる。あの時代が直前までだと感じるが子供が恐れず官吏に話し掛けられる所に時代の経過が感じられる。 「どうした?迷子か?落し物か?」 「ちがうのっ!!とにかくたいへんなの!!」 「大変って?なんだ。どうした?」 「いいからきて!」  そのまま少女に袖を引かれたまま着いて行く事になった。  子供の足なのでペースを合わせるのが難しいと思いながら着いて行き、二町ほどあるきどこまで歩かせる気だ、これは警邏の仕事の範疇かと思っていると、町を通る川にたどり着いた。 「ここ!あそこの!たいへんなの!」  目を向けると川に浮かぶ物体が、 「あっ………」 「ねっほんとうでしょ。だからあのひとたすけたげて」  あれは。川に浮かぶのは物でない。明らかな人。死体。川に浮かぶ人は、この少女が助けたがったのは、 「ウソだろ………」  その人は、  現任軍部大臣、異邦の北央帝国式の赤い軍服を纏った李根沢軍部大臣その人であった。
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