第四話 背徳 ―琢磨―

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「恥ずかしながら僕はルイス・キャロルの児童文学『不思議の国のアリス』が大好きでね。 ワクワクするような展開とその発想がたまらない。 ただ、どうも堅苦しい和訳が気になってならなかったんだ。 先日の睦月君の手紙の和訳の美しさを見たとき、ぜひ、この和訳を君にお願いしたいと瞬間的に思ってしまって。 あ、いや、これは本当に個人的なことだし、大変なことだということも分かってる。 謝礼もそれなりにするつもりだが、無理にとは言わない。 駄目で元々で頼んでみたいと思ってね」 余程、恥ずかしいのか頬を紅潮させたままそう告げる彼に、睦月は表情を変えぬままパラパラと確認するようにページをめくり、 「分かりました。いいですよ」 と綾部氏を見た。 「本当かい? 嬉しいよ、睦月君、ありがとう」 「僕も原文を読むのは初めてなので、楽しみです。 ただ、素人翻訳になりますが」 「ああ、君の解釈で自由に描いてもらって構わない」 「そう言って頂けると気が楽ですね」 「楽しみにしているよ」 心底嬉しそうな顔をする綾部氏の姿に、こちらは力が抜けるような気がした。
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