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「旦那様、綾部様がお見えになりました」
呆けていると、突然そう告げてきた使用人の言葉に驚いて顔を上げた。
「綾部氏が?」
公家華族である彼とは、よく共に仕事をしているが、事前に何の約束もせずに屋敷に訪れるなんて今までなかったことだ。
「応接室にお通ししました。
そして只今、睦月様が対応しております」
その言葉が身体中の血が沸き立つような怒りに襲われ、勢いよく立ち上がった。
そうか、分かった。
あの男は自分に会いに来たわけではない。
睦月に会いに来たのだ。
発火するような思いで応接室に向かい、力強く扉を開けると、一定の距離を保ったまま向かい合って談笑する睦月と綾部氏の姿が目に入った。
こちらを見て、
「突然すまなかったね、琢磨君」
と上品に微笑む綾部氏の姿に、急速に冷静になる自分がいた。
そう、今ここに来るまで、睦月に迫る彼の姿を勝手に想像しては苛立っていた。
そんなことがあるわけがないのに。
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