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「いや、君は完璧だった」
まるでこちらの考えを見透かしているかのように、彼女はぎこちない微笑みをくれた。
「実際見てみる方が早いよ。中世欧州の棚はCの7だ。行っておいで」
そうとだけ言って、彼女は僕から視線を外して手を組んだ。
僕は言われるがままに、その棚を探しに本の森の中へと入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく時間はかかったものの、ほどなく該当の棚は見つかった。
ーーいや、正しく言えば、該当の「棚だけ」が見つかった。
「本が……一冊も無い?」
ジャンヌに関わる本だけじゃない。
ジャンヌのいた時代ーーいや、その時代の後の時代の資料すら、なんの影も形もなく消えている。
異常事態だ。
全ての歴史を「本」の形で記録するこの大図書館から、その本が失踪するなんて、未だかつてない大事件とも言える。
この人外の理に属する書庫に入れるのは、今のところ僕と彼女だけだ。
そもそも、誰かがここに迷い込んで来たにしろ、この高さ三メートル半近い棚一つ分の本を全て残らず、しかも僕にも彼女にも気付かれずに動かせるか、と言ったら恐らくそれは無理だろう。
まさか本が一人でに動き出す訳もないし……。
(一体どうなってるんだ、これ……)
彼女の困惑ぶりも今なら頷ける。
これは間違いなく、僕がここに来て以来の大事件だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、戻ってきたね。どうだい、感想は」
ひしめく棚の隙間、古びて尚甘美な事務机の前に戻ってきた僕を見て、彼女は手を上げる。
声こそ軽い調子だったが、上げた手が震えているのが見てとれた。
「感想も何もあったものじゃないですよ……なんですかあれは!」
つい声を荒げてしまう。
焦りを繕う余裕はとうにどこかに消え失せていた。
「まあまあ、落ち着くんだ」
コポコポと紅茶をカップに注ぐ音。
「どうだい? 君も一杯」
呑気ぶってるんだかなんだか良く分からないが、紅茶を僕に勧めてくる彼女。
僕は黙って少し熱くなったカップを受け取った。
素直なのはよろしい、と微笑みかけられた。
少し癪に触ったが、こんなところで時間を潰してもなんなので我慢する。
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