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「…神の怒りを、買う事になってもか?」
改めて、裁判官は助光に尋ねた。
「…もとより、覚悟の上にございます。」
「そは、神を冒涜する行為ぞ。」
言って聞かせるような、口調になる。しかし、相手の決意は固かった。
「ならば、お伺い致しまする。何ゆえに、神は、我が主の生命を奪い給うたので、ございましょう?」
「運命や寿命を変えるは、そなたの命とて、危うくなる…。」
助光に、相手の忠告は届かなかった。
「幕府は、…」
「聴いておるか?助光」
「幕府は、…権力を恣にした挙げ句、邪にも、私利私欲を貪り続けてまいりました。」
“時を逆行するは、万死に値する。…”
裁判官の後ろで、白髭を蓄えた老人が、さも恐ろしげに呟いた。
“罰が当たらねば、よいが…。”
もう1人が、感慨深げに頷いている。
“まこと、正気の沙汰とは思えぬ…。”
「さらには、…一方的な処断のもと、我が主の命を無下に奪った。」
助光は、悔しそうに呻き、発言を続けた。
「神の存在には、疑惑すら感じまする…。」
まだ若い陪審員が、たちまち苦々しい表情になる。
「助光、控えよ。」
「…前世の無常観を慮るに、神など居らぬに等しいのではないかと…。」
「控えよ、と申しておるのだ!」
「かような者が神ならば、なぜに、崇め奉る必要がございましょう?」
なおも止めぬ助光に、鉄槌が下った。
「口を慎め!大神の御前にあらせられるぞ!」
「存じ上げておりまする。」
助光の唇が、肩が、言うに言われぬ悲しみにうち震えた。
「存じ上げているからこその、この無礼…、何とぞご容赦下さりませ。」
切々と訴え続ける彼に、圧倒されたのか。しばらくは、口を開く者とてなかった。
「そなたの、…無念の死を遂げた主に対する心根…。よう、わかった。」
大神が、声をかけた。一瞬、場内にどよめきが起こる。
「今ひと度、…あの者の魂を、この世に呼び戻したいのだな?」
ややあって、助光が答える。
「…はい。」
「日野俊基の魂を…。」
「…はい。」
たちまち、場内は騒然となった。
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