正しい背中の流し方

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「もう落ち着いたの?」 「いや…まだちょっとバタバタしてて……。今日は休学届け出しにきたの」 「えっ? 休学?」 茜はぎょっとしたように目を見開いた。 「そんなに大変なの? 休学ってどれぐらい?」 「一年間」 「……………マジで?」 柚子が頷くと、茜はぐいっと柚子の手を引いた。 「ねぇ、時間ある? 今からちょっとお茶しようよ」 「え、でも……」 柚子は持っていた携帯にチラッと目を走らせる。 (証が帰ってくるのはいつも7時ぐらいだもんね。……ちょっとぐらいなら大丈夫……かな) 元々、女同士で集まってダラダラ喋るというのは嫌いじゃない。 柚子は携帯をバッグにしまい、笑顔で茜に向き直った。 「うん、いいよ。行こう」   ※※※※※※※ 我に返ったのは、バッグの中で携帯が鳴りだした時だった。 話に花が咲き、時間を気にしていなかった柚子は携帯の液晶に映し出された時刻を見て瞠目した。 (嘘っ! もう5時じゃん!) 慌てて立ち上がり、茜に向き直る。 「ご、ごめん! 今日はもう帰るね! またね!」 「え、あ、柚子!」 挨拶もそこそこに柚子はバッグを引っつかみ、バス停へ向けて駆け出した。 走りながら証から来たメールを読み、愕然とする。 『今から帰る。先に風呂に入るから、風呂の用意しとけ』 (う、嘘でしょ~~~~っっ!) ここから家までは小一時間はかかる。 証が『今から』と言う時は、会社を出る時。 大概、連絡があってから30分ぐらいで帰宅する。 (今日はいつもより早いじゃない! な、なんでよりによって今日なのよーっ!) 証が帰ってくる時、必ず家にいなければならないというのは契約の一つだ。 まだ春先だというのに汗だくになって家に帰った柚子は、思わず玄関で立ちすくんだ。 玄関を入ってすぐの廊下に、証が腕を組んで壁にもたれて立っていたのだ。 帰ってきた柚子に、ゆっくりと顔を向ける。 そうしてゾッとする程低い声で言った。 「…………どこ行ってたんだ」 「…………だ、大学に、休学届けを出しに……」 「そんなもん、すぐに済む用事だろーが」 証はギリッと目尻を吊り上げて柚子を睨み付けた。 柚子の背筋が凍り付く。 「ご、ごめんなさい! 友達と会って、久々だったからお茶してて、ついつい時間を忘れてしまって…」 その瞬間、証の眉がピクリと跳ね上がった。  
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