正しい背中の流し方

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もし柚子の意識の低さに愛想をつかし、出て行ったのだとしたら……。 そして契約解除を言い渡されてしまったら……。 そこまで考えた瞬間、柚子はサンダルを引っ掛けて家を飛び出していた。   まだ証が近くにいるかもしれない。 捕まえて謝れば、今なら許してくれるかもしれない。 エレベーターで一階まで着くまでの時間がひどくもどかしかった。 濡れ髪でパジャマ姿の柚子をすれ違う住人達は胡乱な目で見ていたが、そんな視線に構っている暇はない。 広いエントランスホールを突っ切りマンションを出た途端、冷たい風に煽られた。 入口で柚子はぼんやりと佇む。 証の姿はどこにもなかった。 (………どうしよう。完全に怒らせちゃったんだ……) 自分のくだらないプライドのせいで、取り返しのつかないことをしてしまった。 全て承知で……体の関係すら持つ覚悟でこの生活に飛び込んだのに。 『こんなことも耐えらんねーでどうすんだ』 証の言葉がぐるぐると頭の中を回り出す。 もしかしたら、証は柚子を試したのかもしれない。 時間を守ることすら出来なかった柚子が、果たしてこの奴隷生活にどこまでの覚悟が出来ているのかを。 それなのに自分は証の挑発に堪えられず、手を上げようとしたあげくに謝ることすらしなかった。 (きっと私……追い出される……。どうしよう……行く所なんかないのに……) 自分に対する怒りと後悔が込み上げてきて、柚子の目に涙が浮かんできた。 しばらくそうして途方に暮れたように立ち尽くしていた、その時だった。 「…………柚子さん?」 突然名を呼ばれて、柚子はハッと身を固くした。 声のした方を振り返る。 マンションの階段を、五十嵐が昇ってくるところだった。 「やっぱり……。どうしたんです、そんな恰好で……」 五十嵐はパジャマ姿の柚子を見て驚いたようだった。   「………五十嵐、さん……」 「髪も濡れてるじゃないですか。こんな季節にそんな恰好で外に出たら風邪をひき……」 五十嵐はそこで言葉を止めた。 柚子の涙に気が付いたからだ。 「………証と、何かあったんですか」 「……いえ、何もありません」 「でも、泣いてるじゃないですか」 「これは……涙じゃありません。お風呂上がりで……す、水滴です」 柚子は慌てて涙を拭い、五十嵐に背を向けた。  
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